君は境川サイクリングロードから見える一際目立つ建物を知ってるか?

東京都町田市の南側から藤沢市江ノ島にかけて、『境川サイクリングロード』と呼ばれる、自転車専用道路があります。

急な勾配もなく、走りやすいため、平日は年配の方の散歩コース、休日はロードバイクに乗る人たちで賑わっている。

そんな、境川サイクリングロードを走っていると、のどかな田園風景に一際目立つ建物が目にとびこんでくる。

そんな場所だからこそ、その建物の異様さが一際目立つ。

実はこの建物、この辺りに住む人に知らないものはいない。

そして、30代、40代以上の人にとっては懐かしく思う人がたくさんいる。

なぜなら、あの場所にはかつて『夢の国』があったのだから、、、

あの場所には【夢の国ドリームランド】があった

あの建物がある場所にはかつて、夢の国がありました。

そう、『ドリームランド』です。

現在、夢の国と言えば『ディズニーランド』をほとんどの人が思い浮かべると思う。

しかし、ディズニーランドができるまでの約20年間は、間違いなくドリームランドが夢の国でした。

僕も子供のときに、何回か行った記憶があります。覚えているのは『潜水艦』懐かしい、、

それでは、まず初めにドリームランドの歴史に軽く触れておきましょう。

ドリームランドの歴史

ドリームランドは日本ドリーム観光により、総工費200億円を掛けて、1964年に開園した。

開園当初の横浜ドリームランドの構想は『日本のディズニーランドを目指す』というもの。

その構想を実現するべく、約132万平方メートルの広大な敷地に『遊園地』『ボーリング場』『スケート場』『ショッピングモール』『映画館』などを建設した。

開演から2年後には、大船駅とを8分で結ぶ『ドリームランドモノレール』が開通。

しかし、一年半後の1967年には欠陥が相次ぎ、運休休止に追い込まれた。

モノレールが運休した後は、バスを平日70往復、休日は300往復させて対応したが、周辺地域の急激な発展により、渋滞が増加。

ひどいときには、大船駅から1時間以上もかかるときもあったそうです。

度重なる交通渋滞により、徐々に来場者も減少していき、経営も悪化。

開演からわずか6年で、全敷地の4分のIを売却することを余儀なくされた。

その後は、苦しいながらも経営は安定していたが、1983年に『ディズニーランド』が開園してから、急速に客足が遠のいてしまった。

その後も、資金不足で設備の入れ替えもできないことや、横浜コスモワールドや八景島シーパラダイスが開園したのも重なって、2002年に閉園した。

以上がドリームランドの簡単な歴史です。

[talk set=”自分” pos=”left” color=”gray”]日本のディズニーランドを目指していたのに、ディズニーランドに負けてしまいました。
ドリームランドの1番の問題はやっぱり立地の悪さです。もっと良い場所にあったら、未来も違っていたのかな?と思います。[/talk]

次に田園地帯から見える建物について見ていきましょう。

あの建物の正体は『ホテルエンパイア』

ドリームランドが開園した、翌年の1965年にあの建物『ホテルエンパイア』がオープンしました。

完成当時は日本でも、有数の高層建築物で、地下2階、地上21階建てで、高さが68mもあります。

最上階の21階は回転する構造で、回転展望レストランだったそうです。

そして、当時の宿泊料金が4000円から10000円。隣接するホテルが700円から1500円だったことから、相当な高級ホテルだったことが伺えます。

しかし、ホテルとしては長年開店休業状態で、ドリームランドが閉園するより10年も早く、ホテルの役目を終えていたそうです。

[talk set=”自分” pos=”left” color=”gray”]現在、ドリームランドがあった痕跡はぼ残っていません。個人的には『ホテルエンパイア』は壊さずにこれからも保存していって欲しいと願っています![/talk]
(出典:大林組80年史
(出典:大林組80年史
(出典:SILVER PLANET Ⅱ

↑21階の展望台からはこんな感じに境川サイクリングロードが見えるようです!

今は亡き『ヘイヘイおじさん』

ドリームランドが閉園してから約20年が経った2021年。

ドリームランドの名物おじさんこと「ヘイヘイおじさん」が80歳でお亡くなりになったそうです。

この記事を書こうと思ったのも、その知らせを聞いたからです。

ヘイヘイおじさんとは、その名の通り、「へーい、ヘイヘイ、へーへーぃ」と歌うおじさんであり、当時の子供達に人気がありました。

ヘイヘイおじさんがドリームランドにやってきたのは、ドリームランドが開園した1964年。

ヘイヘイおじさんが23歳のときです。

ドリームランドを選んだ理由は、奈良にもあったドリームランドで働いていた妹さんの勧めだったそうです。

ヘイヘイおじさんもお亡くなりになり、改めて、一つの時代がまた終わってしまったのだと寂しい気持ちになります。

かつて、あの場が笑いと活気に溢れていたときを忘れずにいきたいと強く思います!

ヘイヘイおじさんありがとう。そして、お疲れ様。

>>タウンニュース

ホテルエンパイアは大学に

ドリームランドが閉園して、関連施設が次々に撤去されていくなかでホテルエンパイアが生き残ったのはなぜなのでしょうか?

実は、ホテルエンパイアも他の施設同様にすぐに解体されるはずでした。しかし、建物には大量のアスベストが使われており解体しようにもできなかったのです。

その結果、ホテルエンパイアは閉業した1995年から2005年まで、誰も足を踏み入れない廃墟と化していました。

しかし、2005年に大学が買い取り、改装工事が行われます。

その後は、2006年から2022年現在まで、ホテルエンパイアは横浜薬科大学の図書館棟として利用されていますが、2021年にはまたしても改装工事にはいりました。

ホテルエンパイアが建設されてから、もうすぐ60年が経ち老朽化が進んでいると思いますが、改装して維持しようとしてくれるところが嬉しいですね。

最後に

個人的にもホテルエンパイアが無くなったら寂しい思いがします。

しかし、大学の学園総長が改装工事の式典で「図書館棟は区のシンボル」と言っていることから、

この先もしばらくは大丈夫だと思います。

今まで知らなかったという方も、境川サイクリングロードに来ることがあったら、そういう歴史があったんだと思って頂けたら嬉しく思います。

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